自分の成長が実感できない|ほめられない努力を続けるヒント【4歳・2歳のパパ】
- yutaromaru111
- 8月16日
- 読了時間: 3分
「あー」しか言えなかった下の子が、いつのまにか生意気な口をきくようになった。先週は左右反対だった靴を、今朝は上の子が自分で正しく履いていた。
子どもって、すごいなあ、と思う。
そして、ふと思う。じゃあ、ぼく自身は?
去年の自分と、今の自分。何か変わったんだろうか。毎日同じように働いて、同じように子育てして、同じように一日が終わっていく。
子どもの成長はあんなにはっきり見えるのに、自分の成長はまったく実感できない。
成果には通知が来るけれど、成長には通知が来ない
「成果」と「成長」は、そもそも別ものだ。
成果は目に見えやすく、他の人からも簡単に評価できる。一方で成長は本人の内面に積み上がるもので、他の人からは簡単に判定できない。
だから成果ばかりにとらわれると、周りの評価に振り回されてしまう。
テストの点数、売上の数字、SNSのいいねの数。これらは全部「成果」だ。目に見えて、比べられて、通知が来る。
でも、成長には通知が来ない。自分の内側に、静かに積もっていくだけ。
そりゃ、実感できないわけだ。
受験勉強で自信をくれた「空のボールペン」
ひとつ思い出したことがある。高校生の頃、受験勉強をしていたときの話。
歴史上の人物や出来事を覚えるとき。数式を計算するとき。英単語を頭に入れるとき。ぼくはひたすら、ノートに黒いボールペンで書いていた。
書いて覚えるインプットが、いちばん頭に入る気がしたからだ。
やればやるほど、ボールペンのインクは減っていく。使い切ったボールペンは机の引き出しへ。その後また、新しいボールペンでノートに英単語を書いていく。
気づいたら、机の引き出しがインクの切れた黒いボールペンだらけになっていた。
ぼくは、そのボールペンたちを見るたびに自信が持てた。
模試の点数が伸びない日も。判定がE判定だった日も。引き出しを開けて空のボールペンの山を見ると、「まあ、これだけやったし」と思えた。
成果は飾れる。成長は飾れないけれど、確かにある
ボロボロになった練習シューズを捨てられないのも、たぶん同じ理由だと思う。
あのシューズはトロフィーじゃない。でも、そこに至るまでの全部の練習がしみ込んでいる。時にトロフィーよりも、自分に自信を与えてくれる。
成果は、飾れる。成長は、飾れないけれど、確かにそこにある。
子育てにも「空のボールペン」はある
自分の成長が見えなくなったときは、「空のボールペン」を探せばいい。高校生のぼくが引き出しを開けて自信を取り戻したように。
子育てにも、同じものがあると思う。
何度も洗って色あせた抱っこひも。書き込みだらけの保育園の連絡帳。使い切った日焼け止め。角が丸くなった絵本。
どれも成果ではないけれど、そこには確かに「やってきた時間」がしみ込んでいる。
今日も一日、子どもとちゃんと向き合った。それだけでも、インクは減っている。
あなたの成長は、何に積み上がっていますか?
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