食品サンプルのパフェ作り体験、大人15人に4歳ひとり。長男が言った「これでいい」
「あー、ちょっと遅れそうだなぁ」
食品サンプル作り体験の会場へ向かう車の中。時計を見ながらパパがつぶやいた。
後部座席にいた4歳の長男がすぐに反応した。
「え?パフェのやつ、もうはじまってるの?」
「うーん、はじまってるかもねー」
「やだ!はやくつくりたい!!」
声からあせりが伝わってくる。
長男が楽しみにしていたのは、食品サンプルのパフェ作り。チラシにのっていたパフェの写真を見た瞬間から、やる気満々。
その姿を見ながら、パパは少しうれしかった。
親が体験させたくて連れていくのではない。
本人が「やりたい」と思っている。
それだけで、今日は来た意味があった。
大人15人の中に、4歳がひとり
会場に着くと、参加者は15人ほどの大人。若い人でも20代くらいだった。
つまり、4歳の長男、圧倒的最年少。
食品サンプルのパフェ作りは、お店によっては小学生以上が対象のこともある。今回の会は4歳でも参加できたけれど、申し込む前に対象年齢は確かめておいたほうがいい。
大人たちにかこまれたテーブルで、小さな手を動かしながらパフェを作り始めた。
透明な器の下に、ゼリーやスポンジを並べる。その上にホイップクリームをしぼり、果物などのパーツをかざっていく。
パパは隣で見守りながらも、少し心配していた。
説明を聞けるかな。
道具をうまく使えるかな。
途中で飽きないかな。
大人ばかりの場所で困らないかな。
子どもに何かを体験させるとき、親の頭には「うまくできるか」が浮かんでしまう。
せっかく参加したのだから、最後まで完成させてほしい。できれば見ばえのいい作品をもち帰ってほしい。
子どもの体験のはずなのに、気づけば親が「成功」を求めている。
大人には、大人の正解が見える
長男が作っていると、周りの大人がやさしく声をかけてくれた。
「下のゼリーやスポンジ、もっと入れられるよ」
「果物はホイップクリームの下じゃなくて、上にのせたほうがきれいになるよ」
「チョコソースはかけないの?」
どれも親切なアドバイスだった。
実際、完成した作品を見比べると、大人が作ったパフェは整っていた。色のバランスがよく、果物の位置もきれい。チョコソースも上手にかかっている。
正直、僕も思った。
もう少しスポンジを入れた方がいいんじゃないか?
果物はそこではなく、上にかざったほうがパフェらしく見えるんじゃないか?
せっかく作るなら、もう少しきれいに仕上げたらいいのに。
一瞬、手を出したくなった。「こうしたほうがいいよ」と教えたくなった。
でも、長男は周りの大人から何かをすすめられるたびに、自分の作品を見て言った。
「これでいい」
迷いのない言葉だった。
「これでいい」と言えるようになった
4歳の長男は相手の話を聞いたうえで、自分の作品を見て、「これでいい」と意思表示した。
大人が15人ほどいる場所で、4歳の子どもが自分の考えを伝える。
僕がうれしかったのは、きれいなパフェができたことではない。
自分はこれがいい。
もう足さなくていい。
チョコソースもいらない。
そう言葉にできるようになったことだった。
僕たち親は、子どもが迷わないように、つい正解を教えたくなる。
でも、正解を早く渡しすぎると、「自分はどうしたいのか」を考える時間までうばってしまうことがあるかもしれない。
子どもが何かをしているとき、「そこじゃないよ」と言う前に、ひと呼吸待ってみる。
大人の正解を教えることより、子どもの中にある答えを待つ。考えてみる。
その数秒に、子どもの意思が現れることがある。
作品以上に残ったもの
今回の食品サンプル作りには、もう一つ大きな価値があった。
4歳の長男が、たくさんの大人とコミュニケーションを取ったこと。
声をかけられる。
相手の話を聞く。
自分の作品と見比べる。
そして、自分の考えを言葉にする。
同年代の子どもと遊ぶだけでは経験できない時間だ。
大人にかこまれたからといって、小さくならなくていい。
年上の人が言ったことを、すべて受け入れなくてもいい。
相手の親切を受け取りながら、それでも「僕はこうしたい」と伝えていい。
そんなことを、長男は食品サンプルのパフェを通して練習していたように見えた。
子どもに体験をさせようとすると、親はつい、何を作ったか、どこまでできたか、どんな結果を残したかを見てしまう。
でも、体験の価値は完成品だけでは測れない。
知らない大人に話しかけられたこと。
自分の気持ちを伝えられたこと。
思ったとおりに手を動かし、「これでいい」と決められたこと。
写真には写らない部分にこそ、その子なりの成長があるのかもしれない。
きれいに作ることより、大切にしたいもの
出来上がった長男のパフェは、大人が作った作品ほど整ってはいなかった。
下の部分にはまだ入る余地があったし、果物の位置もお手本とは違った。チョコソースもかかっていない。
大人の目から見れば、ツッコミどころはある。
それでも、長男にとっては完成していた。
「できた〜」
満面の笑みだった。
子どもの作品に、大人の正解を重ねるのは簡単だ。
もっときれいに。
もっと上手に。
もっとパフェらしく。
でも親が本当に見たいのは、上手にできた作品だけではない。自分で選び、自分で決め、自分の言葉で伝える子どもの姿だ。
車の中で「はやくつくりたい!」と声を上げた長男は、最後まで自分のパフェを作った。
僕が連れていった体験だったけれど、そこで何を選び、何をもち帰るかを決めたのは長男だ。
その小さな背中を見ながら、僕も少しだけ、口を出さずに待てる父親になれた気がした。
あなたのお子さんが「これでいい」と自分の意思を見せたのは、どんな場面でしたか?
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