top of page
カゾクキカクシンプルロゴ黒.png

食品サンプルのパフェ作り体験、大人15人に4歳ひとり。長男が言った「これでいい」

yutaromaru111
10月1日
読了時間: 5分

「あー、ちょっと遅れそうだなぁ」


食品サンプル作り体験の会場へ向かう車の中。時計を見ながらパパがつぶやいた。


後部座席にいた4歳の長男がすぐに反応した。


「え?パフェのやつ、もうはじまってるの?」

「うーん、はじまってるかもねー」

「やだ!はやくつくりたい!!」


声からあせりが伝わってくる。


長男が楽しみにしていたのは、食品サンプルのパフェ作り。チラシにのっていたパフェの写真を見た瞬間から、やる気満々。


その姿を見ながら、パパは少しうれしかった。


親が体験させたくて連れていくのではない。

本人が「やりたい」と思っている。

それだけで、今日は来た意味があった。


大人15人の中に、4歳がひとり


会場に着くと、参加者は15人ほどの大人。若い人でも20代くらいだった。


つまり、4歳の長男、圧倒的最年少。


食品サンプルのパフェ作りは、お店によっては小学生以上が対象のこともある。今回の会は4歳でも参加できたけれど、申し込む前に対象年齢は確かめておいたほうがいい。


大人たちにかこまれたテーブルで、小さな手を動かしながらパフェを作り始めた。


透明な器の下に、ゼリーやスポンジを並べる。その上にホイップクリームをしぼり、果物などのパーツをかざっていく。


パパは隣で見守りながらも、少し心配していた。


説明を聞けるかな。

道具をうまく使えるかな。

途中で飽きないかな。

大人ばかりの場所で困らないかな。


子どもに何かを体験させるとき、親の頭には「うまくできるか」が浮かんでしまう。


せっかく参加したのだから、最後まで完成させてほしい。できれば見ばえのいい作品をもち帰ってほしい。


子どもの体験のはずなのに、気づけば親が「成功」を求めている。


大人には、大人の正解が見える


長男が作っていると、周りの大人がやさしく声をかけてくれた。


「下のゼリーやスポンジ、もっと入れられるよ」

「果物はホイップクリームの下じゃなくて、上にのせたほうがきれいになるよ」

「チョコソースはかけないの?」


どれも親切なアドバイスだった。


実際、完成した作品を見比べると、大人が作ったパフェは整っていた。色のバランスがよく、果物の位置もきれい。チョコソースも上手にかかっている。


正直、僕も思った。


もう少しスポンジを入れた方がいいんじゃないか?

果物はそこではなく、上にかざったほうがパフェらしく見えるんじゃないか?

せっかく作るなら、もう少しきれいに仕上げたらいいのに。


一瞬、手を出したくなった。「こうしたほうがいいよ」と教えたくなった。


でも、長男は周りの大人から何かをすすめられるたびに、自分の作品を見て言った。


「これでいい」


迷いのない言葉だった。


「これでいい」と言えるようになった


4歳の長男は相手の話を聞いたうえで、自分の作品を見て、「これでいい」と意思表示した。


大人が15人ほどいる場所で、4歳の子どもが自分の考えを伝える。


僕がうれしかったのは、きれいなパフェができたことではない。


自分はこれがいい。

もう足さなくていい。

チョコソースもいらない。


そう言葉にできるようになったことだった。


僕たち親は、子どもが迷わないように、つい正解を教えたくなる。


でも、正解を早く渡しすぎると、「自分はどうしたいのか」を考える時間までうばってしまうことがあるかもしれない。


子どもが何かをしているとき、「そこじゃないよ」と言う前に、ひと呼吸待ってみる。


大人の正解を教えることより、子どもの中にある答えを待つ。考えてみる。


その数秒に、子どもの意思が現れることがある。


作品以上に残ったもの


今回の食品サンプル作りには、もう一つ大きな価値があった。


4歳の長男が、たくさんの大人とコミュニケーションを取ったこと。


声をかけられる。

相手の話を聞く。

自分の作品と見比べる。

そして、自分の考えを言葉にする。


同年代の子どもと遊ぶだけでは経験できない時間だ。


大人にかこまれたからといって、小さくならなくていい。

年上の人が言ったことを、すべて受け入れなくてもいい。

相手の親切を受け取りながら、それでも「僕はこうしたい」と伝えていい。


そんなことを、長男は食品サンプルのパフェを通して練習していたように見えた。


子どもに体験をさせようとすると、親はつい、何を作ったか、どこまでできたか、どんな結果を残したかを見てしまう。


でも、体験の価値は完成品だけでは測れない。


知らない大人に話しかけられたこと。

自分の気持ちを伝えられたこと。

思ったとおりに手を動かし、「これでいい」と決められたこと。


写真には写らない部分にこそ、その子なりの成長があるのかもしれない。


きれいに作ることより、大切にしたいもの


出来上がった長男のパフェは、大人が作った作品ほど整ってはいなかった。


下の部分にはまだ入る余地があったし、果物の位置もお手本とは違った。チョコソースもかかっていない。


大人の目から見れば、ツッコミどころはある。


それでも、長男にとっては完成していた。


「できた〜」


満面の笑みだった。


子どもの作品に、大人の正解を重ねるのは簡単だ。


もっときれいに。

もっと上手に。

もっとパフェらしく。


でも親が本当に見たいのは、上手にできた作品だけではない。自分で選び、自分で決め、自分の言葉で伝える子どもの姿だ。


車の中で「はやくつくりたい!」と声を上げた長男は、最後まで自分のパフェを作った。


僕が連れていった体験だったけれど、そこで何を選び、何をもち帰るかを決めたのは長男だ。


その小さな背中を見ながら、僕も少しだけ、口を出さずに待てる父親になれた気がした。


あなたのお子さんが「これでいい」と自分の意思を見せたのは、どんな場面でしたか?


▼あわせて読みたい



コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page