子どもの成長が寂しい|トイトレ完了で終わるオムツ姿【4歳・2歳のパパ】
- yutaromaru111
- 8月24日
- 読了時間: 2分
寝る前、2歳の次男がリビングから寝る部屋まで走っていきます。上はパジャマ、下はオムツ一丁。ぷっくりしたお尻のシルエットを見るたびに思うのです。この姿、あと何回見られるんだろう、と。
子どもの成長はうれしいはずなのに、なぜか寂しい。今回は、その気持ちの正体について書きます。
子どもの「もう見れないシリーズ」とは
SNSでもよく話題になります。「抱っこーと言わなくなった」「土日に一緒に遊んでくれなくなった」。もう二度と戻ってこない、あの瞬間のことです。
抱っこも土日の遊びも、たしかに強い。でもわたしが推したいのは、2歳児のオムツ姿です。
トイトレが完了すると、オムツ姿はもう見れない
トイレトレーニングが終わると、あのぷっくりしたお尻も、パンパンにふくらんだオムツも、寝起きのよたよた歩きも、全部見られなくなります。
手がかかることが減ってうれしい反面、同じくらい寂しさがある。この矛盾がたまりません。
うちの次男は、おしっこはトイレでいけるようになりました。でも、うんちはまだオムツでしたがる。寝るときも、長距離の移動のときもオムツです。だから、まだギリギリ拝めています。
寝返り・ハイハイ・つかまり立ちは、ある日突然終わる
一方で、すでにコンプリートしてしまったものもあります。寝返り、ハイハイ、つかまり立ち。このあたりは、もう見れません。
しかも厄介なことに、「これが最後だな」と思って見送ったものは、ひとつもないのです。気づいたときには、全部終わっていました。
「最後の日」を親が覚えていない理由
寝返りが最後だった日を、わたしは覚えていません。でも妻は覚えているかもしれない。逆に、わたしだけが見ていた瞬間もあるはずです。
つまり、記憶はバラバラに散らばっている。だから「もう見れないシリーズ」は、ひとりではコンプリートできないのだと思います。
夫婦で答え合わせをすると、思い出はそろう
「あれ、いつまでハイハイしてたっけ?」「もっと前じゃない?下の子が生まれる前だよ」
そうやって話して、初めてピースがそろいます。コンプリートって、たぶんそういうことなのだと思います。
もう見れない姿は、たしかに、もう見れない。でも、誰かと語り合っているあいだだけは、なんとなく、もう一回見えている気がするのです。
あなたの「もう見れないシリーズ」、いちばんの推しはなんですか。
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