くら寿司にワンオペ子連れで行ったら、2歳に「パパ、もうおなかいっぱいなの?」と言われた
先日、ワンオペで4歳の長男と2歳の次男を連れて、近所のくら寿司へ行った。
席に着いたら、まずやることがある。
自分の上着を脱ぐことでも、お茶を入れることでもない。子どもたちが食べたいものを、光の速さで注文する。
子どもは待てない。タッチパネルをいじっている数分の間にも、次々と注文が入る。
「まだ来ないの?」
「これ食べたい!」
「ジュース飲みたい!」
だから、まずは子どもたちを満たす。
届いたお寿司を取り分け、しょうゆが服につかないか見張り、落としたはしをひろう。次男が食べきれないものは長男へ。長男が残したものは、ひとまず僕の皿へ。
子どもたちのお腹が落ち着いて、ようやく自分の番がやってくる。
(さて、パパも食べようかな)
この時点で、僕はまだ何も食べていない。もう、お腹ぺこぺこだ。
まだ食べていないのに、満腹認定された
何を頼もうかとタッチパネルを見ていた、そのとき。隣に座っていた2歳の次男が、僕のお腹を見ながら言った。
「パパ、もうおなかいっぱいなの?」
ん?
パパ、まだご飯食べてねーぞ?
一瞬、何を言われているのか分からなかった。次男の視線をたどり、自分のお腹を見る。
出ていた。
堂々と、出ていた。
ご飯をたくさん食べたあとの子どものお腹は、ぽんっと丸くなる。次男は僕のお腹を見て、「パパはもう食べ終わった」と判断したらしい。
いやいや。これは満腹時ではない。平常時だよ?(むしろ空腹)
傷つきかけた僕に、向かい側の4歳の長男がたたみかけてきた。
「ほんとだ〜。パパ、お腹いっぱいだねぇ?」
僕のお腹を見ながら、ニヤニヤしている。こやつは、、、分かって言っているな?
父親になってから、子どもたちの食事には気を配ってきた。
野菜も食べよう。お菓子は食べすぎないように。よくかんで食べよう。
そんなことを言いながら、自分の健康については「また今度」で済ませていた。
子どもの食事を優先する。残したものを、もったいないからと食べる。寝かしつけのあとに運動しようと思い、そのまま一緒に寝る。
思い当たることは、いくらでもあった。
健康のために、大きく変えなくてもいい
40歳になると、若い頃と同じようにはいかない。少し食べすぎれば残る。少し運動をサボれば戻らない。
分かってはいる。でも、仕事と家事と育児の合間にジムへ通い、食事を細かく管理する生活は、正直なところ想像しにくい。
健康になりたい。でも、暮らしを健康管理だけで埋めたくはない。
だからこそ、まずはその場で一つだけ変えてみることにした。好きなお寿司をがまんし続けるでもなく、極端に食べないでもない。「今日は何を、どれくらい食べるか」を、いつもより少しだけ考えてみる。
エスカレーターではなく階段を使う。子どもと公園へ行ったら、ベンチから見守るだけでなく一緒に走る。寝る前のお菓子を、毎日から一日おきにしてみる。
それなら、今の生活の中でもできそうだ。
元気なパパでいたい理由
体重を落としたい。お腹を引っ込めたい。もちろん、そんな気持ちもある。でも本当に欲しいのは、細い身体だけではないのだと思う。
子どもたちと公園で走れること。だっこを求められたときに、「重いから無理」とすぐにあきらめないこと。家族で出かけた日に、最後まで元気でいられること。
健康を意識するのは、未来の病気が怖いからだけではない。今、一緒に過ごしている時間を、できるだけ元気に楽しみたいから。
完璧な父親にはなれない。でも、一緒に笑い、一緒に遊べる父親ではいたい。
その日、くら寿司で僕が選んだもの
二人から「お腹いっぱい」と認定された僕は、その日、お寿司を2皿にとどめた。
子どもたちは、うれしそうにデザートを食べている。いつもなら、僕も一緒になって何か頼んでいたと思う。
しかし、その日の僕が選んだのはデザートではなかった。
人生で一度も注文したことのなかった、コーン軍艦だった。
コーン軍艦が健康的なのかは、正直よく分からない。ただ、いつもの自分なら選ばなかったものを選んだ。
子どもの言葉は、ときどき容赦がない。かがみよりも正直で、健康診断の結果よりも早く、こちらの現実を教えてくる。
「パパ、もうおなかいっぱいなの?」
まだ食べていないのに、満腹に見えたあの日。息子の何気ない一言が、後回しにしていた自分の身体へ目を向けるきっかけになった。
あなたは最近、子どものどんな一言にハッとしましたか?
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