「明日は保育園だよ」より効いたのは、くらげだった|インフルエンザ明けの行き渋り
共働きの我が家。子どもが熱を出すと、いつも同じ会話になる。
「明日、どっちが休む?」
そして、たいてい妻が休む。
インフルエンザ、流行っていますね。わが家も、もれなくやられました。ふたりそろって熱を出して、保育園を長らくお休み。
そしてその間、ほぼずっと妻が仕事を休んで、子どもたちを診てくれた。本当に、ありがたかった。
ありがたかったのだけど、同時に、ずっと心苦しかった。
熱が下がってからが、本当の勝負
仕事から家に帰ると、子どもたちが教えてくれる。
「パパー、恐竜、つくったよー」
「パパー、くらげ、つくったよー」
その日つくった工作を、毎回見せてくれる。
インフルエンザとはいえ、ずっと熱が出っぱなしというわけじゃない。むしろ、熱が下がってからが勝負だ。
元気はあるのに、外に出られない。動きたいのに、家の中しかない。その状態の子どもを、丸一日相手にするのが、どれだけ大変か。
妻は、退屈しないようにと、ずっと相手をしてくれていたのだ。工作が増えていくのは、そういうことだ。
子どもの看病で、夫婦どちらが休むか問題
妻の仕事先にも、迷惑がかかっている。
子どもの体調不良で休むのは、仕方がない。でも、その「仕方がない」を、片方だけが引き受け続けるのは限界がある。
明日は、ぼくが仕事をセーブして子どもたちを診る。と、腹をくくった前日だった。
ありがたいことに、保育園復帰の目処が立った。明日から登園できそうだ、という話になった。
よかった。そう思ったのも束の間、別の不安が浮かんだ。
長期休み明けは、必ず行き渋りが起きる
経験上、これはほぼ確実に起きる。
何日も保育園を休んだあとの初日。
「保育園、行きたくない!」
家の居心地が良すぎて、生活リズムも崩れていて、そりゃ行きたくもなくなる。
明日の朝、玄関で揉めるところまで、わりと鮮明に想像できた。
どうしようかな。思っていた矢先、隣の部屋から、妻と次男の会話が聞こえてきた。
妻が使っていた、行き渋り対策の声かけ
「おーち、明日は保育園だね。何持って行くんだっけ?」
「くらげー! ◯◯先生に、くらげわたすんだー」
「そうだねー」
……なるほど。思わず、うなった。
妻は「明日は保育園だよ」と告げただけじゃなかった。保育園に行く楽しみを、先に用意していた。
しかも、その楽しみは、この数日間で本人がつくった工作。自分の作品を、大好きな先生に見せる。渡す。
そりゃ、行きたくなる。
保育園を「目的」から「手段」に変える
この声かけのうまさは、ここだと思う。
「明日は保育園だよ」だと、保育園に行くこと自体が目的になる。そして子どもにとって、その目的は、まったく魅力的じゃない。だから抵抗する。
でも「先生にくらげを渡す」が目的になると、どうなるか。
保育園は、目的を果たすための手段に変わる。行きたくない場所じゃなくて、行かないと渡せない場所になる。
同じ「明日、保育園に行く」という事実なのに、見え方がまるで違う。
これは、けっこう応用が効きそうだ。
「歯医者に行く」じゃなくて「帰りにあの公園に寄る」。
「買い物に行く」じゃなくて「今日の夕ごはんの材料を選ぶお手伝い」。
行き先じゃなくて、そこで何をするかを渡す。
子どもは、家の中だけでは育てられない
大切な前提がある。
この作戦が成り立つのは、保育園や先生たちが、それを受け止めてくれるから。
家でつくった工作を持っていって、先生に渡す。先生はきっと、おおげさなくらい喜んでくれる。そんな想像ができるから、次男は、持っていきたくなった。
親のアイデアだけでは、成立しない話。子どもをみんなで育てるって、こういうことだと思う。
家の中だけで完結しようとすると、しんどい。でも、園があって、先生がいて、そこに渡せる相手がいる。それがどれだけありがたいことか。
インフルエンザの数日間は、正直しんどかった。妻には頭が上がらないし、休みの偏りは、これからも課題だ。
でも、その数日で作った【くらげ】が、保育園に戻るきっかけになった。しんどい時間も、無駄にはならない。
子どもが行きたがらないとき、あなたはどんな声をかけていますか?
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