「ママがいい」と泣く子ども|妻を休ませたい日にできること【4歳・2歳のパパ】
- yutaromaru111
- 8月11日
- 読了時間: 3分
仕事が立て込んだ週は、家のことを妻に丸投げしている気がして、いつも後ろめたい。
平日の夕方から夜、3日続けて「ゴールデンタイム」の育児を、妻がひとりでカバーしてくれた週がありました。ごはん、お風呂、歯みがき、寝かしつけ。一日でいちばん過酷な数時間です。
しかも、うちは共働き。妻もぼくと同じように働いています。なのに、あのしんどい時間だけは妻ひとり。控えめに言っても、かなり消耗しているように見えました。
だから土曜日、ぼくは決めました。子どもたち2人を連れて、家を空けよう。今日は、妻をひとりにしてあげよう。
しかしそこに、思わぬ壁がありました。4歳長男の「ママがいい」です。
妻に「ひとりの時間」を渡そうとした土曜日の朝
「子どもたち、イオンにでも連れて行くけど。一緒に行きたかったら来ればいいし、ひとりで過ごしたければ、任せてくれていいよ」
「え、じゃあ……ひとりでいさせてもらうかな」
想定どおりの返事でした。よし、今日はそういう日にしよう。夫婦でそう決めた、その直後のことです。
子どもが「ママがいい」と言うとき
「イオン行くなら、パパとおーち(次男)と3人で行くよ」
「やだ。イオンにみんなでいきたい」
なるほど。ママとお留守番も嫌だけど、イオンには行きたい。そして、行くならみんながいい。……気持ちは、痛いほどわかります。
より楽しく外出したいなら、そりゃ、ママもいたほうが楽しいに決まっている。でもな。今日は、ママを休ませる日なのよ。
なんとか次男と一緒に長男を連れ出したものの、車に乗ってから、またグズり出しました。
「ママがいい……。みんなでイオン行きたい」
車内で、この訴え。正直、こたえます。
そして思うのです。長男はたぶん、こういうことまでわかっている。みんなで行ったら、楽しい。みんなで行ったほうが、パパもママも余裕が生まれて、笑顔が多い。……鋭いな。そのとおりよ。
共働きの育児は、どこかで誰かに負担が寄る
こういうとき、いつも考えることがあります。これは、誰に負担がいく話なんだろう、と。
ママに家で休んでもらえば、子どもたちは寂しい思いをするかもしれない。でも、子どもの気持ちを優先してママがお出かけに参加すれば、ママの疲れは抜けない。負担は、ママに戻ります。
どちらを選んでも、どこかで誰かが少しだけ我慢する。共働きの子育ては、そういう構造になりやすいのだと思います。
同じ状況でも、見方しだいで家の空気が変わる
それでも最近は、こう考えるようにしています。
妻が休めた分、翌週の妻は少し元気になる。妻が元気だと、子どもへの声かけがやわらかくなる。子どもが落ち着くと、ぼくも余裕が出る。……そうやって、ぜんぶつながっている。
「誰かが我慢している、しんどい循環」と見るのか。「みんなでなんとか元気にやっている、忙しいけど幸せな循環」と見るのか。
同じ状況でも、どこを見るかで、家の空気は変わります。
その日のイオンは、なんだかんだで楽しかった
ちなみにその日のイオンは、なんだかんだで長男も楽しんでいました。
帰ったら、妻の顔も、少しだけ元気になっていた。ひとまず、よかったことにしようかな。
まとめ|「ママがいい」と泣かれたパパへ
「ママがいい」は、ママが好きというだけでなく「みんなでいるほうが楽しい」という子どもなりの感覚の表れでもある
共働きの子育ては、誰かを休ませると誰かが少し我慢する構造になりやすい
同じ状況でも、見方を変えると、家の空気は変わる
あなたの家では、忙しい時期をどう乗り切っていますか。
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